グアテマラという国をとても愛らしく思うこともたくさんあると同時に、
今も、ここの人と自分が持っている文化のギャップに本当に苦労することがあります。
今日は、いつも我慢してきた感情が、爆発し、しまいには、初めてカウンターパートの前で涙を見せてしまいました。
あった出来事自体は、思い返してみると、きっとグアテマラでは大したことじゃないのかもしれません。
でも、このことはきっと自分のグアテマラ人との付き合い方について、考えるきっかけとなるんだと思います。
簡単に言うと、
この一年間抑えてきたイライラが今日爆発した。
ずっとこの一年、その対応にイライラしてきたパイロット校の校長先生。
今までどれだけ粗雑な対応をされても、
どれだけ無責任なことをしていても、
どれだけ子どもが放置されていても、
変えられそうなことは、できるかぎり言うけれど、
グアテマラの文化的に私の力では変えられない内容については、流して気にしないように努力してきました。
「ここは、異文化。ここでは、これがきっと普通のこと。ここで、別の感覚をもった私が、他の常識を非難したり、いらいらしても、仕方がない。」
と割り切ってきました。
しかし、なぜか今日は耐えられなかった。
こんなことを言っても、仕方ないことは分かっていたし、自分の感じた感情を校長先生にぶつけても何も理解してもらえない、何も変わらないということは分かっていたのに、今日はなぜか自分の中に沸いた怒りを我慢できずに相手にぶつけてしまいました。
そしたら、案の上、理にかなってはいない言い訳がはじまり、私への非難がはじまり、私も相手もとても不愉快になりました。
ここでは、正論は通らない。
話が通じないことがたくさん。
これは、自分の常識と相手の感覚が違うから。
でも、そのギャップにどれだけ耐えたらいいのだろうか?
私には、それがもうわからなくなって、学校を去った後も、すごくもやもやとイライラが募って募って、一緒にいたカウンターパートに自分の感じたことを吐き出していました。
そうしたら、悔し涙がつるつると出てきてしまって、初めてカウンターパートの前で泣いてしまいました。
カウンターパートは必死で私を慰めてくれましたが、自分はたった今起きた出来事のことをどう自分の中で吸収したらいいのかわからなくって、涙が止まりませんでした。
この悔しさは、怒りをぶつけた校長先生に対してではなく、言ってもわかってもらえないとわかっていたのに、自分の感情を吐き出したいがために、目的もないまま怒りをぶつけてしまった自分に対してのものです。
この一年、たくさんの時間を費やしてかかわってきたパイロット校なのに、自分の感情の自制ができなかったために、これまで積み重ねてきたものが一瞬にして崩れてしまった気がしました。
なんだか自分のやってきたことが無駄だったんじゃないか、違う文化や常識をもった自分がここにいる意味は本当にあるんだろうか?と考えると、なんだかむなしくなって、さらに涙が出てきてしまいました。
ただ、そんな中でも、熱心な先生、子どもの未来を心から考えている先生、愛のある先生を見ると、彼らのためにできる限りのことをしたいと思う自分もいます。
一年以上が経ったというのに、自分は今もまだこの文化の違いに戸惑うことがありますが、あと8か月、実質学校で働けるのは6か月、自分にできることをやる&自分の心の修行を積み重ねていきたいと思った、今日でした。
ようやく、乾季になったー!