心と会話

老いが教えてくれるもの

今日、ふと分かったことがあるので、忘れないうちにメモしておこう。

それは、「見た目の老い」について。
いつのまにか三十路をとっくに過ぎ、鏡に映る自分がものすごく老けたなぁと感じることが多くなった。
笑った時のシワがすごすぎでびっくりするし、
白髪もものすごい勢いで増えているし、
お肌の透明感もみずみずしさもない。
さらに、未来の自分はもっともっと年をとって、もっともっと老けていくことが確定していることを思うと、なんとも言えない気持ちになる。
そうやって年をとっていく自分を受け入れるのに、心が追いつかなくって、いつも鏡を見ると、ちょっとため息…
でも、今日はなんかひらめいた。
この「見た目が老いる」ということは、実はものすごく大切なことなのだということに。
もし、見た目が変わらなかったら、私はいつまでも甘えん坊で、わがままで、覚悟が決められない自分のまんまでいるだろう。
何事にも終わりがあるからこそ、今を生きることができるわけで、もし終わりがなかったら、いつまで経っても行動する意味が生まれない。
人の人生にも終わりがあって、誰にでも「死」は必ず訪れる。
この「老い」は、そうやって人間の生命が有限であるということを教えてくれる大切な役割をしているんだ。
どうしていつまでも若いままでいられないのか?
それは、自分の命は刻一刻と終わりに向かって進んでいることを本人がちゃんと感じられるようにするためなのではないか。
少なくとも、私は心のどこかで自分の命に終わりがあるということを信じていないようだ。そんな勘違いをする人に対して、見た目の老いというのは、物事の真実を教えてくれる大切な役割を担っていると思うのだ。
そう考えると、目には見えない死までのカウントダウンを、目に見える形で教えてくれる自分の体はすごいと思うし、そのように初めから作られている人間の体の神秘性に感動する。
まだまだ自分の老いに心が追いつかないことはたくさんあるが、重ねる歳を恨むのではなく、その月日を愛して生きていきたい。そして、与えられている残りの時間を感じながら、自分の生命を無駄使いせず、正しく燃やしていきたいと思う。
ここ数年、年末年始は毎年執行さんの本を読む傾向があるのだけど、今年も彼の本を読みながら、そんなことをひらめいた元旦だったのでした。