最近、よく思う。
グアテマラ人はやさしい。
私は日本人にはおもてなしの心があって、シャイなところはあるけれど、世界の中でも誇れる心やさしいパーソナリティをもっていると思っていました。
そのことを別に否定するってことではないのですが、グアテマラ人は日本人とはまた別の優しさがある気がするのです。
例えば、道でキョロキョロしていると、通りかかりの人は気さくに「大丈夫かい?」とはなしかけてくれる。
道ですれ違えば、ニコッとあいさつしてくれる。
たまたま隣にいた人に何か聞くと、最終的に友達になる。
学校の先生たちは悪ノリが過ぎるけれど、私たちのことすごく大切にしてくれる。
ルールよりも人の心を優先に考えて動いてくれる。
来るものは決して拒まない。
このことを感じた今日の出来事を2つ紹介しますね。
あ、その前に今日は学校の授業の最終日。
いつの間に1ヶ月たったの?って感じで時の流れの早さが信じられません。
最後は、私たちは浴衣を着て、お別れパーティー。
先生たちにも着せてあげて、とっても喜んでいました。
ここのおばさまたち、とにかく下ネタが大好きで、悪ノリが過ぎます。笑
とにかく笑いの絶えない時間でした。
本当にお世話になりました。2年間の間にまた会いにきたいです。
話戻って、先日修造と一緒に週末に開催するという5キロのマラソン(って言っていいのかな?)大会に出るための申し込みをしに行ったところ、もう申し込みは終わっていて参加するのは厳しいって。
でも、この大会は50ケツで参加賞のランニングシューズがもらえるのもあって、前からみんなで出ようと言っていて、結構みんな楽しみにしていたので、修造もがっくり。でも、なんとかなるかもってことで、後日ディレクターと話をすることに。
で、今日そのディレクターがいるってことでその事務所的なところに行ってみたところ、とっても気さくなディレクター、スーシーという女性に会えました。
事情を話すと、厳しそうな顔しつつもなんとか話つけてくるって言って、他の人のところへ交渉しに行ってくれた。
長い交渉の後、
「オッケー、なんとか出られるようにしたよ。でも、あなたたちだけの特別処置だよ!」
って。
そのあと、別の人がわざわざ私たちのために参加賞となる靴をどっかからとりにってくれた。
(ちなみにこの大会は靴屋が古くて売れなくなった靴を大量に寄付して、それを参加賞にレースを企画して、グアテマラ人の健康増進するっていうおもしろくて、とってもお得な大会。750円でナイキとかアディダスとかけっこういいシューズがもらえるの!)
その中に、ひとり足が大きすぎてどの靴も入らない子が。
もういいやと諦めていた矢先、スタッフのひとりがわざわざどこかに探しに行ってくれて、めっちゃかっこいい靴をもってきてくれた。
最終的にとっても仲良くしてくれて、ワイワイ楽しい時間を過ごしました。
なんて、優しいんだ…
申し込みが遅かったのは、こっちのせいなのに、こんなに心を込めて対応してくれたことが、とってもうれしかったし、優しさを感じました。
なんとか私たちのために他の人に交渉してくれたスーシーに感謝を伝えると、
「Todo es posible en Guatemala.(グアテマラでは、なんでも可能なんだよ!)
って。
かっこいいなー。
これが日本だったら、まず
「いやー、申し込みはもうしめきってしまったので、参加は無理ですね。」
って言われて終わりでしょう。
そこをなんとか!と言ったとしたら、
「あなたたちだけ許すわけにはいかないのでね。他のみなさんに申し訳が立たないので。」
と言われるでしょう。
日本は、とっても秩序が整っている。
その土台にいろんなルールが存在し、人々がそれを守るからだと思う。
でも、そういうルールはもともと人が幸せに暮らすためのルールなのに、ルール絶対主義になっている一面もある気がする。
(高校生の時、ちょっと寝坊したときに、電車にかけこもうと全力ダッシュしながら、電車の中の車掌さんに必死で目で訴えかけ、お互い目が合ったのに、目の前でドアを閉められた時、この国のルールの厳しさを痛感したことを思い出しました。笑)
グアテマラでは、いろんなルールがグレーです。
秩序は整っているとは言えません。
でも、人々はなんだか幸せそう。
ルールだからって切り捨てずに、本当に大切なものを見てくれる気がする。
何がいいのかはわからない。
でも、私にはここの暮らしの方が人の温かさを感じるのでした。
そして、もう一つ。
ふらっと寄った市民スポーツ館。
体育館をのぞいてみると、中高生くらいの子達が監督のもとバレーの練習をしている。
ずうずうしくも、修造が乗り込んで仲間に入れて的な交渉をしてくる。
すると、最終的に一緒に試合をすることに。
結構なガチっぷりで、男女関係なく容赦なくやってくるので、こちらも全力。
叫びまくる日本人。
わりとクールなグアテマラ人。
かれこれ1時間くらいの延々と試合をして、いい汗かきました。
それにしても、スポーツって言語みたいなものだと思った。
同じスポーツを知っていれば、どこの誰とでも交流できる。
バレーっていう体の言語でつながったいい時間でした。
でも、ふと思うんだけど、こういうことって日本じゃないよなって。
例えば、真剣に部活の練習、クラブの練習している時に、外人がフラフラやってきて、一緒に混ぜてよ!なんて言ったら、いい顔しないと思うんだよね。
私が顧問ならそうしたな。
でも、ここではなんかオッケーなんですよ。
なんでなんだろう?
思うのは、日本はなんでも「こうすべき」がある。
「部活動は真剣にやるべきもの」
「勝ちたいのなら努力すべき」
「やりたいことの前にやるべきことをやれ」
私が言いまくっていた言葉たち。笑
グレーがないから、これはダメってのがはっきりしている。
でも、グレーがないとこぼれていくチャンスも多いのかなって今は思う。
無駄に思えるようなことの中に、おもしろさがあったり、本当の思いが見つかったりするのかもしれない。
グアテマラの人、グアテマラっていう社会、1ヶ月住んで思うのは、
日本よりゆるい
ってこと。
だからこそ、私が気づいていなかったことや見えていなかったところを見せてくれる。
そんなグアテマラが私は1ヶ月前よりも好きです。
そんなグアテマラのために、微力ながら力を注ぎ切りたいと思う、今日この頃なのでした。