少しずつ「自分」が復活してきています!
私の気持ちの浮き沈みが激しいのは、もう私の特性で、変えられないのかもしれません。
でも毎回沈んだ後に気づくのは、自分はいつだって
「誰かと一緒に生きることで生かされている」
ということ。
いくら考えても出口のない自分の中の葛藤。
自分でいくら考えても、どうしたらここから抜け出せるのか、わからない。
もう何もかも投げ出したくなったりもする。
2年間本気で自分を磨いてきますと言った約束も破ってしまいたくなる。
自分と向き合うというのも大事だと思う。
でも、自分の心の向きが内側にばかりあっても、さらに深い穴にはまってしまうこともある。
答えが出ないままだけど、とりあえず外に出てみると、いろんなエネルギーを受ける。
一緒に働くカウンターパートが「これどう思う?」とアドバイスを求めてくるとき
子どもが「こんにちは」って日本語でなんていうの?とキラキラした目で聞いてくるとき
先生たちが授業で私が研修会で共有したことをなんとか応用しようと頑張っている姿を見たとき
お家のお手伝いさんが彼氏からのラブメールをみてニヤニヤしているのを見るとき
通りすがりの知らない人が笑顔であいさつしてくれたとき
空がスカッと晴れていて、太陽の光を体いっぱい浴びるとき
「こんな教材を使ったよ」と自分のもっている教材を披露してくれるを前にしたとき
授業も練習問題で時間をかけながらも一生懸命解いている子どもの姿を見たとき…
昨日、今日のことを思い出しても本当に私はまわりからたくさんのエネルギーをもらっていることに気づく。
その度に自分の心のあり方も変わっていって、また前を向いて進めるようになる。
こういうことって、自分が元気いっぱいの時ってそこまで気づけないことだったかも。
自分の中に弱さがあるから、
自分の中に欠けているものがあるから、
外からのエネルギーに気づけるし、吸収できるし、ありがたいと思う。
感謝が心に湧いてくると、幸せな気持ちになる。
だからみんな弱さが必要なんだよね。
人はひとりでは生きられないように創られちゃっているんだよね。
時に何もできない自分がいるけれど、そういう時は、まわりのエネルギーや愛に気づく時なんだと思って、次にくる落ち込み時期は今回よりも楽しめるといいな。
そして、この1週間で改めて気づいたことがある。
私はとても愛されているんだなぁということ。
以下、今日あったこと。
突然仕事中に電話がかかってきた
「サキー、今日の午後空いてる?4時からバスケやらないかい?」
相手は、2ヶ月前に退職したパイロット校の元校長先生。
その時間は仕事あるよ!と言って断ったらとても残念そうだった。こんな風に仕事の時間にまで電話かけてわざわざ私を誘ってくれる人がいる。
校長会に出席。
新たに始動予定のプロジェクト説明をした。校長先生には特に負担もかかるプロジェクトなので、どんな反応をしてくるかなーと思ったけど、みんななかなか興味深そうに聞いてくれて、反対意見などは聞こえなかった。
こんだけいろいろお願いしているのに、すんなり聞いてくれる校長先生たち。この7ヶ月でちょっとずつ信頼関係というものができて来たのかな。
次にパイロット校の校長先生には、四則計算強化のプロジェクトを始めていきたい旨を説明。こちらもかなりのコラボが必要なので、やるかやらないかはそれぞれの学校で決めてもらいたいと言ったところ、二つ返事で全員が「やりたい」と。
こんだけ私に信頼を置いてくれている校長先生たち。彼らのためにも頑張る気になる。
午後にも電話が。
「サキ、今日空いてる時間ある?研究授業のことで相談したいことがあるんだけど。」
この先生が勤務する学校はなんと市内で私が企画している研究授業とは別に、校内で自主的に研究授業をやっているところで、その相談をしたいとのこと。
「夜ならいけるよー」
といって、夜彼女のお家を訪ねて、あーだこーだ一緒に授業計画を立てる。
タマルとアトル(グアテマラ定番の食べ物)なんかもちゃっかりいただいちゃったり。
人にこうやって頼られると、どこまでもエネルギーが出てくる。一日働きっぱなしの後の予定だったのに、なんか楽しかった。
予定の合間をぬって、私の日本語の生徒のお家へ授業をしに行く。
お家に入ると、
「ここの座って待ってて」
といって女の子はどこかへ。
戻ってくると、
「目をつむって」
とニヤニヤしながら言ってくる。
「もういいよー」
と言われて目を開けてみると、こんなものが差し出されていた。
とワクワクしながら開けてみると…
いつもの私はこの子のママがビーズでブレスレットを作っているところを興味深そうに見ていて、その度にママが「これあげるよ」と言ってすでにもういくつかいただいていた。
私も先日サンティアゴへいらっしゃった日本人の方から頂いたじゃがりこをプレゼント。
彼女のおねえちゃんが「うまいうまい」ととっても気に入っていました。
食べたあとのカップは日本語の勉強の教材に。
毎回成長していくこの子との勉強がどんどん楽しくなっています。
今日一日を振り返っても、私はここで愛されて生きているんだと感じた。
そう、私はいつも結局こうやってまわりの人に救われて生きている。
だから私もそんな人たちのために、できることをやりたいと思える。
でも本当は、本当は、与えたられたからお返しするってだけじゃなくて、自分からなんでも惜しみなく与えられる人になりたい。
自分にゼロをイチにする力や愛があったらいいんだけど、それがなかなかできないなぁといつも感じる。
与えられたイチを7、8くらいにふくらませるのは結構得意だったりするんだけどね。
セニョリータ完全復活までもう一息!
今は、差し迫って4つのプロジェクトが同時に動きつつあるので大忙しになる予定。
週末、モリモリ準備したいです!
今週の活動より
ぜひ、日々続けて欲しいです!
少数よりも前に、2桁のわり算は彼らにとってはかなりの難しいようです。
日本の子どもたちが30秒くらいでやる一問に、5、6分はかかります。
それでも自分なりにいろいえと工夫して答えを導き出している姿にエネルギーをもらった。
少しずつですが、授業は変化しています。
研修会で散々言った、かけ算の日々の強化活動を導入していたクラス。ぜひ毎日やろう!
去年見たこの先生の授業はつっこみどころしかなかったと記憶していますが、今回見させてもらった授業は、授業展開、黒板の使い方、教材使い方、子どもの授業への引き入れ方、いいところたくさんありました。この先生のイメージが180度変わった授業でした。今後も楽しみです。
しかし、この教材の使い方が分析しきれていなくて、正直言って改善点がたくさんあったのですが、少なくとも何か新しいことにチャレンジしようとしている姿勢がうれしくもあり、頼もしくもありました。