今日は、めっちゃ久しぶりにお家のシャワーが温かく、幸せを感じました。
日本の皆さん、毎日あったかいお風呂につかれることは、当たり前ではありませんからね!!!!
ありがたくつかってくださいよ!
今日は物々交換2つ、自分に関する発見1つ、紹介したいと思います。
一つ目のテーマ、「物々交換」
日本語レッスン3回目の今日。
教え子の女の子の家は前も言った通り(言ったっけ?)、パソコン修理屋さん。
今日は、自分が持っている壊れた印刷機を持っていって、修理してもらった。
修理代は…
ゼロ!
娘さんに日本語タダで教えているからかな。
お互い、必要なものを提供し合う。するとお金っていらないんだね。
話はかわり、算数の先生、日本語の先生、そして今日から新たな先生始まりました。
いや、「戻りました。」が正しいかな?
はい、今日から英語の先生が始まっちゃいました。
話を戻しますと数日前、ある知り合いの先生から
「ちょっとお願い事があるんだけど。」
セニョ「何、何?なんでも言って!」
「英語を学びたいと言っているグループがいるんだけど、助けてくれないかな?」
セニョ「ん?いいけど…。私、日本人だよ?十分お役に立てるか、どうか…。」
正直ちょっととまどった。だって、ここにはたっくさんのアメリカ人がいるわけで、英語を学ぶならばネイティブの人にお願いした方が断然いいだろと思ったし、自分の英語力に、もはや自信は皆無。
こんな状態で、人に教えるなんて…。
しかし、最近のマイブーム「直観を信じて流れろ」スタイルにより、このお誘いも、きっとなにかのお導き!ってことで、
「やれるだけ、やってみるよ!」と返答。
とりあえず、やってみて力及ばずだったら、素直にできないと断ればいい。やっても見ていないのに、断るのはもったいない。これも、きっと何かのチャンス!
ってことで、今日がその一日目。
メンバーはあるカフェの店員さんたち。
どうやら、英語話者の観光客のためにお店で使える英語などを学びたいとのこと。
あんまり高度なことは教えられないぞ~と思っていましたが、生徒さんたちのレベルはビギナーレベルでしたので、簡単な挨拶、質問など、十分私の知識で教えられる範囲でした。
ちっちゃい黒板なんかも用意してくれて、気づけば日本の学校で教えていたようなリズムで授業をしていた私。
なんか、懐かしい感覚がよみがえってきて、ちょっとうれしくなった。
そういえば英語を忘れたくないと思っていた私には、とってもいい機会ではないか!
なんで、アメリカ人を差し置いて日本人の私が英語を教えているんだ?とは思うけれども、私も英語が第2言語だからこそ、彼らに説明できるところもあるのかも。
結局やっぱり、これでよかったんだ。
もちろんレッスン代はいただきません。
代わりに、そのお店のおいしいカフェいただいた。
わーい!
これも、物々交換。
社会は、もともとこの物々交換で成り立っていたのだろうと思う。
それぞれが持っているものを、必要な人へ与える。
そして、その人から、自分が持っていないものをいただく。
究極にそれが社会でできたら、お金っていらないのかも。
お金はもともとこの物々交換をシステマチックにしたものなのかな。
そう考えると、お金っていろんな人の技術や知恵、能力が信頼という基盤の上に形を変えたものなのかも。
JICAボランティアとしては、利益が生まれる活動は禁止されているのですが、こうやってなにも考えずにただ頼まれたことに対して、与えまくっているといつの間にか得が生まれてくるらしい。
続いて、自分に関する発見。
最近、過去の自分と今の自分に決定的な違いがあると気づいた。
それは、「人から相談を受けやすくなった。」
ということ。
ここ最近、いろんな人がふと連絡をくれ、
「最近、活動がうまくいっていない」
「今の生活が辛い」
「元気がでない」
など、私に弱音を吐いてくれるのです。
これは、昔の私にはあまりなかったことです。
先生をやっていた時も、生徒はあまり私に自分の本当の悩みは相談してこなかった。
多分、話せない雰囲気、人間関係、壁があったんだと思う。
それに、小さいころから相談を受けてもなにもいいアドバイスができない自分にコンプレックスを感じていたというのもあり、人の相談に乗るのは苦手だった。
そういうわけで、最近立て続けにこのように自分の弱さを素直に私に話してくれる人がいるというのは、私にとっては新しいことなのです。
そしてそれは、私にとってうれしいことでもあります。
だって、私も自分の弱みは信頼できる人に聞いてもらいたいって思う。ってことは、私に愚痴を漏らしてくれる人は、私に対して壁を感じずにいてくれるってことだから。
相変わらず、すぐに元気が出るような魔法の言葉はかけてあげられないけれど、それでも言葉の中に愛を込めて、自分の気持ちを送ります。
最近は、「なんでもいい」ってのが、自分の根底にあって、人生何が起きても、結果的に絶対にすばらしい世界が待っていると信じてやまないので、人から相談を受けても、「~したほうがいいんじゃない?」とか、「私ならこうするよ」とか正論を語らなくなった気がする。
いいとか、悪いとかなくって、きっとどんな選択でもオッケ~。
ただ、目の前の事実、現象を否定せず、そのまま受け入れて、その先に広がる世界を信じて自分なりの選択ができればいいだけ。
ほんっと、それだけで道は勝手に開かれていくと最近は実感しています。
私に弱みを見せてくれる人の弱さに、私は感謝します。
その弱さがあるから、あなたとまた一つ深く関われたから。
弱さは、実は強みなのです。
自分の弱さも、誰かとつながる強みになる。
誰かにやさしくなれる、強みになる。
本当の愛に気づく、強みになる。
自分の弱さ、大切にしていきましょう!
サンティアゴもクリスマスの準備が始まっていまーす!