愛すべき人に出会うのが、人生なのか。
出会った人を愛するのが、人生なのか。
ないものを手に入れていくのが、人生なのか。
あるものを愛するのが、人生なのか。
上をめがけて登り、高みからの景色を眺めるのが、人生なのか。
下へ下へと掘り続け、人には見えない深み味わうのが人生なのか。
年齢のせいなのか、人生のとらえ方が、変わってきている。
「終わりを思い描くことから始める」
最近、「7つの習慣」をまた少し読んで、このことを考えている。
死ぬ瞬間、自分は何を感じたいだろうかと、もう一度自分の終わりを見つめ直してみる。
愛されたことではなく、愛したことを。
手に入れたものではなく、与えられたものを。
快楽ではなく、温もりを。
きっとそんなことを思い出すだろう。
最後は、床の上で何もできない自分と向き合う。
無力な自分にできる最後の行為は、きっと祈ることだ。
その時に、祈りたい。
愛する人のために、
自分の命が一輪の花となって、その人が今日通る道を少しだけ明るくしてくださいと。
先に逝った人ならば、その人の魂とまたあの世で出会えることを祈りたい。
最近、思考が深い。
困難が与えられるときは、いつも頭ぐるぐるモードだ。
正直、最近、苦しい時間が長い。
でも、こういう時だからこそ、なんとか踏ん張ろうと、真剣に生きようとする力が出てくる。
だからこの試練もありがたく両手で受けとるのだ。