心と会話

知らない方がいいことを知ったとき

知らない方が幸せだったことって、

結構あると思いません?

例えば、いきなり天使が現れて、

2枚のカードを出しだし、

「よく頑張っているあなたに、ご褒美をあげましょう。このカードのうちどちらか1枚をひきなさい。」

といって、2枚のうち1枚をひいてみると、

「100万円ボーナス★」

と書かれており、突然100万円をタダでもらえることに!

やった~~!

ここで物語が終われば、ハッピーエンド。

ただ、あとから蛇がやってきて、

「もう一枚のカードには、何が書かれていたか知っているかい?」

とささやき、教えてくれというと

「もう一枚は1億円だったんだぜ。お前、ついてねぇな。ははっ。」

といってきたら…。人間はどうかんがえるか?

1億あったら、あれもできた、これもできた。
100万じゃぁ、こんだけしかできない。ちっぽけな額だな。
なんて、ついていないんだ。
あのとき、もう一方のカードを引いておけば・・・。

その後、ずっとぐるぐるとそのことを考えているのかもしれない。

 

この時、
100万円でも十分ありがたい。
なんて恵みなんだろう。
と思える選ばなかった道と比較せずに、平穏な心を持っている人たちって、どれだけいるんだろう。

たいていの人は、ありがたいと思っていても、どこかで悔しい、損した、という邪念がわいてしまうのが、人間ではないだろうか。

そんな時は、なんとか前を向く考え方をしてみたい。

例えば、

1億あったら、多分、働くことを無意味に感じて、怠けだしていたかもしれないな。
100万円から1億円分の価値を生み出すような働きをしてやろうじゃん。
きっとその過程にいろんなドラマがあって、そちらのほうが人生面白いっしょ。
そもそも何も持っていなかった時を思い出してみな?
そこから天使が哀れみでプレゼントしてくれたんだ。そのことだけで、十分ありがたいじゃない。

とかとか。

 

先日、知らない方がよかった、と思うニュースが入ってきて動揺した。
例えは、損得がはっきりするお金で表してみたけれども、実際に起きたことはお金ではなくて感情とか思考とかもっとあいまいなもの。

あとは、知らないことがいいことには、他人のネガティブな声の場合も結構ありますよね。

この世には、知らない方が幸せだったと思うことが自分がコントロールできないところで耳に入ってくることが沢山あると思う。

 

でも、それに対して、「私はどう見るか」は、コントロールできる。

物事は、良いも悪いもない。

それを自分がどの視点から見るかで、自分自身で良し悪しを決めるんだ。

人生に起こることを、受け入れられないこともたくさんある。

でも、何が起きても、知らない方がよかったことを知ったとしても、「これでよし」と自分で言えるとらえ方を、いつも探していきたい。