週末は、1日半、ずっと停電だった。
子供たちは予定されていたレッスンや成長報告会をキャンセルすることになったり、こちらもやりたかった仕事が進められなかったりと、グアテマラでは計画通りにはいかないことが多々ある。
こうやってどうにもならない環境が日常だと、人間として地球で生きる上で、謙虚な気持ちを忘れずにいられる。
日本にいると、なんでもありすぎて、モノで溢れていて、不便と感じることがほとんどない。もはや当たり前すぎて便利とさえ思っていない。
人はそれを恵まれていて、幸せと呼ぶけど、私はそうなのかな?って思ってる。
例えば、日本では薪で飯を炊く文化が日常から消えてしまったが、山からとって来た薪で日々のご飯を用意すること、それだけで人と自然のつながりがダイレクトに感じられる。
私など、薪に火がつき、熱を出し、お鍋を温めている様子を見るだけで、「なんか大切なこと、わすれているな。」となんとなく思う。

なんでも安いものに飛びつく私たちだが、グアテマラでは消費と生産が非常に近くて、身の回りにあるものすべては、人の手によってつくられていることを感じられる。


あの人が作ってくれた。
それを知っているだけで、ものへの愛情は100倍違う。
そんな世界が、ここグアテマラでは日常である。
そんな視点で見たときに、私は
「日本って、本当に豊かな国なのだろうか?」
と疑問に思う。
発展途上国の人たちに「なにかしてあげなきゃ」と思っている私たち、なにか勘違いしているのではないかという気がしてくる。
むしろ、こちらがいろいろと教えてもらった方がいいことがたくさんあるのではないかという気になっている。
グアテマラとのつながりは、私の世界を2倍にしてくれている。
2つの世界を見る中で、今まで考えもしなかったことを感じたり考えたり、心が耕されていく。
この感覚を、できれば日本の人たちにもネット越しかもしれなけれどお伝えしていきたいと思う。
そして、一緒に「真に豊かに生きること」について、考えていきたい。

いずれにせよ、蝋燭の炎は、美しい。
希望の色をしている。